ミステリー(本) 本レビュー

【小説『方舟』(夕木春央)レビュー】人の醜さにあなたは騙される

「方舟」と聞くと「ノアの箱舟」を思い浮かべる人が多いだろう。

「ノアの方舟」については、記事の中盤あたりで解説を入れるが、簡単に言えば、「旧約聖書の『創世記』に登場する、大洪水から命を守るための巨大な船」である。

そして、この『方舟』というタイトルから「ノアの方舟」を連想させるが、本作品に登場する"方舟"は命を救うものなのだろうか。

いわゆる"どんでん返しのミステリー"として大注目を浴びていたが、個人的にはどんでん返し以上に"人の醜さ"が描かれているところに作品の本当の面白さが描かれていると思っている。

この物語の圧巻のどんでん返しは、人の醜さによって描かれる。

この醜さを堪能してほしい。

『方舟』の作品基本情報

タイトル方舟
著者夕木春央
ジャンルミステリー
ページ数390ページ
出版社講談社

『方舟』あらすじ(ネタバレ無し)

謎の地下建築

主人公たち一行の7人は山奥にある地下建築に興味本位で探検しに行く。

大学時代の友人と同窓会の感覚で集まったわけだが、昔に山奥で地下建築を見つけたから行こうという話になり、探検に行くことになったのであった。

いざ地下建築に向かってみるものの、山奥の地下建築は地図に載っていないこともあってたどり着くのに時間がかかり、着いたころには日が暮れかけていたため、地下建築で一晩を明かすことにした。

地下建築に着くも、山奥の地下建築は電波が届かないため、友人や仕事先に連絡をしようと数人が外に出る。

そして、帰ってきたと思えば、遭難したように思える3人家族を連れてきたのであった。

そうして、一行と3人家族の10人は地下建築で一晩を明かすことになるのだが、地震によって出口がふさがれてしまう。

さらに不幸は続き、地下水も流入し始め、絶体絶命の状況に陥る。

地下建築は地下3階まである巨大な建築物であったが、地下3階は地震の前から水没しており、地震後はさらに水位が上がり始めている。

早く脱出しなければならないという状況にもかかわらず、不幸は続き、密室での殺人事件が起こるのであった。

生き残るには、誰かひとりを犠牲にしなければならない

地下建築の出入り口は2つ。

一つは入ってきた出入り口であり、もう一つは非常口だ。

だが、非常口は既に水没して通れない地下3階の先にあり、使える出入り口は実質一つだけであった。

だが、その出入り口も大きな岩で塞がれてしまっていた。

その岩をどかす唯一の方法は、地下2階にあるレバーを引いて岩を落とすことであったが、そうするとその岩によって出入口への道がふさがれる。

つまり、誰か一人が犠牲にならなければいけないのだ。

では、誰が犠牲になるべきか?

誰もが口には出さないが、犠牲になるべきは"犯人"であると、犯人以外の全員が考えていた。

この暗黙の共通認識から犯人探しが始まる。

密室で、脱出までにタイムリミットがあり、殺人犯と過ごさなければならないという絶体絶命の状況で、地下建築から脱出することはできるだろうか。

『方舟』レビュー

「ノアの方舟」とは真逆の存在である"方舟"

ノアの方舟について簡単に解説する。

ノアの方舟とは、「旧約聖書の『創世記』に登場する、大洪水から命を守るための巨大な船」である。
人や動物のつがいを一組ずつ乗せたとかで有名なあの方舟のこと。
いろいろ省略するけど、神様が世界を作って、アダムとイブが子孫を残して繁栄するけど、人間が堕落するものだから神様がブチギレて大洪水を起こす。
でも、ノアの家族だけは堕落せず神様の教えを守って生きてきたから、神様はノアの家族だけは方舟に乗せて救うことにしたとかなんとか。

とまぁざっくり言えばこんな感じ。

じゃあ、本作品の地下建築"方舟"はどんなものかというと、

・地下水が流れ込んできて、命を奪いにくる
・悪者を方舟に残して、生贄にする

といった特徴があるように、本作品の"方舟"はノアの方舟とは全く逆の位置づけの建築物である。

タイトルだけ見れば、方舟が善良な人を救うものに思えるが、実態は全く逆で、悪者を殺そうとするものであった。

タイトルから連想されるイメージと、実際の内容にギャップがあるところから、既にこの物語のどんでん返しは始まっている。

探偵役の存在がページを捲る手を加速させる

あらゆる情報に意味がある。

しかも、その情報と情報が活きる場所に適度な距離があり、まさに「忘れかけていたあの情報が今...!」みたいな感情に何度もさせてくれる。

それを実現しているのが、登場人物の一人の探偵役だ。

登場人物全員が慌てふためいて、好き勝手行動しては、物語の収拾がつかなくなってしまう。

そこで、探偵役と一緒に読者が状況を整理しながら、一緒に推理を進められるような形式になっている。

作品と対話しているような感覚になり、これこそを「没入感」と呼ぶのだろう。

作品にのめりこんで、自分が地下建築の中でカメラマンとして作品を生放送で配信している気分になる。

そんな没入感を味わうための工夫が凝らされており、390ページとそこそこのページ数でありながら、止まることなく、一瞬で読めてしまう作品であった。

『方舟』感想(ネタバレなし)

あなたならどうした?と語り合いたくなる作品

ネタバレ防止のために情報を限定するので、本作品を読んでいない人にとっては何を言っているのかわからないと思うが、エピローグの部分であなたが主人公の立場だったらどんな選択をした?と語り合いたくなる。

限りなく100%と言っていいほど作品と同じ状況を味わうことはないが、それでも、いやだからこそ(MOROHA構文)同じ絶体絶命の危機的状況から脱するときにどんな選択をするのか、みんなに聞いていきたい。

みんなどんな答えをもっているのかなぁ。

そうやってみんなならどう考えるのか、想像したり実際に聞いてみたりすることも読書体験なんだなぁと思う今日この頃であった。

「犯人が生贄になるべきだ」という共通認識が生まれてしまう醜さ

この作品は本格ミステリー小説に分類される。

だが、ミステリーでありながら、哲学的な側面もあるように感じる。

なぜなら、登場人物(、そしておそらくこの作品を読んでいる読者のほとんど)が、無意識に「犯人が生贄になるべき」という残酷な考えを持ってしまっていることを描いているからだ。

犯人なら生贄になってもしょうがないのか。

そんな考えを持っている人たちが生き残ろうと躍起になっているが、本当に生き残るべきは誰なのだろうか。

このテーマも本作品を読んだ人同士で語り合いたい。

『方舟』まとめ

個人的には今まで読んだミステリー小説の中でもトップクラスに感情を揺さぶられた作品だった。

ミステリーとして、想像を超えた"どんでん返し"があったし、哲学や倫理的なテーマとしての考えさせられる要素も一定あった。

唯一無二のミステリー小説であり、夕木春央さんの書く作品をもっと読んでみたいと感じる最高の作品だったので、ぜひより多くの人に読んでほしい。

そして、映像化とかしてほしいなと切に思う。

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