ミステリー 本レビュー

【小説『殺し屋の営業術』(野宮有)レビュー】キーエンス社員でも殺し屋の営業マンにはなれない

この本を読みながらこんなことを考えていた。

営業という職種で有名な企業と言えば"キーエンス"だ。キーエンス社員は果たして殺し屋の営業マンになれるのだろうか

たぶんこれから紹介する本を読んだ感想として、こんなことを考える人間はこの世に10人もいないんじゃないか。

馬鹿げたことを言い始めたわけだが、一度よぎってしまったが最後、もう考えずにはいられない。

この考察はおまけ程度で記事の最後に書いておく。(そんなに面白くない)

それでは、野宮有『殺し屋の営業術』のレビューと共に、馬鹿げた想像にご付き合いいただきたい。

小説『殺し屋の営業術』のあらすじ(ネタバレ無し)

表世界の凄腕営業マン、殺し屋の営業マンになる

主人公は主に防犯カメラを販売する企業の超優秀な営業マンである。

毎月のようにありえないようなノルマをクリアし、そのたびにノルマは上がり続ける。

それでも次々とノルマを達成できている理由は、圧倒的な営業スキルもさることながら、グレーと言える営業活動も厭わないからだ。

そんな主人公があるとき営業のために訪問した家では、既に人が殺されており、殺し屋と遭遇してしまう

殺人の現場を見られてしまったために殺し屋は主人公を口封じのために消そうとするが、ロジカルでありながら感情のこもる持ち前の営業トーク術を駆使し、主人公は殺し屋との"商談"を成功させる。

この出来事を境に、主人公は殺し屋の営業マンとして生きていくことになったのであった。

殺し屋の営業マンとしての初仕事

商談の中で主人公は2週間で2億円の売上を立てることを約束する。

ほぼ無理に近いノルマが課せられている中(というか商談で交渉した結果)、どの顧客に商談を仕掛けていくか選定するところから始まる。

その初仕事として、限りなく黒に近いグレーな不動産業を展開する兄弟に商談を仕掛けることとなる。

この兄弟に対する商談でも、準備段階から営業術を最大限に生かしていく。

準備段階から兄弟のことを調べ上げ、商談でもグレーというかほぼ黒い手口を使い、実際に交渉を成立させてしまう。

初めての商談はいとも簡単に成功し、兄弟の依頼を実行役が遂行していく

全ては順調だった。

だが、これまで表社会で生きてきた主人公は裏社会の慣例を知らなかったために、悪夢が降り注ぐ。

競合他社と裏社会の掟

初仕事が順調に終わったはずだったが、競合で業界最大手の殺し屋に目をつけられてしまう

主人公は初仕事をする中で、競合の顧客を奪わない、楯突かないという裏社会ならではのルールを破ってしまったのだ。

ただでさえ売上が入らないにも関わらず、この失敗の責任を取る形で主人公はノルマを3億円に引き上げる。

時間に猶予がない中、さらに業界最大手の競合にも目をつけられる中で主人公は博打とも言える営業をかける。

凄腕営業マンは3億円という無理難題のノルマを達成できるのか

小説『殺し屋の営業術』のレビュー

視点が移り変わる地の文

ページを捲る手は一度も止まらなかった

いろいろと要因はあると思うが、地の文の語り手がテンポよく交代していくことは理由の一つだろう。

基本的には主人公である凄腕営業マンの視点であるが、時として2つ目の商談相手である兄弟の視点、時には業界最大手の競合の営業マンの視点になったりと、いろいろな人の視点でストーリーが進んでいく。

それぞれの登場人物の視点でしかわかりえない情報もあるため、どうしても主人公の凄腕営業マンの視点だけでは語りきれない情報が存在する。

まして、裏社会の、それも殺し屋という商売をしている以上、情報漏洩は禁忌である。

その世界設定上の制約をうまく回避しているのが、登場人物それぞれの視点でのストーリー展開だ。

あくまでストーリー上はそれぞれがそれぞれの持っている情報でしか意思決定ができないが、読み手は神の視点で読み進められる

だが、読み手は神の視点ですべての情報を持ち合わせているにも関わらず、張り巡らされた伏線に気づけず、情報に制約のある登場人物に出し抜かれるということがどんでん返しを強烈なものにしている。

これがミステリーの醍醐味であり、例にもれず『殺し屋の営業術』でも体現されていたと思う。

文章には現れない心情とその変化

小説の書き方に関する本を読むと、どの本にも"主人公の心情の変化を描け"みたいなことが書かれている。

まぁ自分は小説を書いたことがないので詳しいことは知らないが、確かに面白い本ほど心情変化が良い意味で分かりやすいと感じる。

そして、この『殺し屋の営業術』もその特徴がしっかりと現れている。

主人公の凄腕営業マンは営業マシンのように手段を択ばずに営業を成功させてきた。

だが、サラリーマンとしての成功を手にしておきながら、心が満たされることはなかった。となってしまう。

そしてひょんなことから殺し屋の営業マンになるも、初仕事を終えても少なくとも地の文(本人の自認の感情)では心情の変化が見られない

だが、地の文では見られないだけで、主人公の行動やちょっとした発言にワクワクしているような、心躍っているような雰囲気を感じるのだ。

登場人物も気づかぬ心の変化を文章の行間から読み取れる文章を書く文才に惚れ惚れしてしまう。

小説『殺し屋の営業術』 感想

営業される気分 ー 自分ってもしかして殺したい人がいる?

ページを捲る手が止まらない理由の一つに地の文の秀逸さを挙げたが、それ以外にも"営業マンの巧みな話術"が影響していると思う。

具体的に何を言っているかというと、自分が実際に営業を掛けられている気分になるのだ。

営業マンの思い通りに心情が動かされている気分になる。

すべてが営業マン、そして作者の思うままなのだ。

もしかして、自分は登場人物のことを殺したがっていたのか?

そう錯覚してしまうくらいには、営業マン、作者の選ぶ言葉にのめりこんでしまう本であった。

ウシジマくんのような深夜ドラマや映画にならないかな

個人的記憶を消してもう一度観たいドラマ・映画ランキングでトップ5に入る作品に『闇金ウシジマくん』がある。

詳細は省くが、あれは人類(日本人)の学習指導要領に載せてほしいほど中身の濃い、構成も秀逸な作品だと思う。

そのような作品と同じ匂いがした。

ぜひとも山田孝之だったり、引き込めるトークができる人(ドンデコルテ渡辺銀次さんとか)が営業マンをやれば、とんでもない作品に仕上がるのではないか、そんな妄想ができる作品だったと思う。

まぁ映像化してみたら思ったほどじゃなかった、みたいな作品もいっぱい見てきたので、映像化するなら傑作に仕上がるのを祈るしかないのだが・・・。

鳥に関する描写

主人公の名前は鳥井一樹。そして、鳥を飼っており、商談にも鳥のエピソードを使っている。

何かと鳥が関わっているなぁと素人ながらに思い考察をしていたわけだが、考察をしているうちにネタバレ不可避となってしまったために語れることがなくなってしまった。

だが、間違いなく"鳥"が心情や主人公、その周りの描写を表す象徴になっていることは確かかと思うので、まだ読んでない人、これから再読しようとしている人は是非とも注目して読んでいただきたい。

(おまけ)小説『殺し屋の営業術』 に見る、キーエンス社員が殺し屋の営業マンになるために必要なこと

キーエンスの仕事術とは

以前に『キーエンス解剖』という本を読んだことがあり、その中でもキーエンスの営業マンの仕事術に関しても記載があった。

この本の内容によれば、キーエンス社員はプロセス重視のKPIが設定されており、KPIを達成できれば自然と結果が出るような仕組みになっていたとある(確か)。

具体的には、〇回ロープレを行う、〇回商談を行う、〇分以内に商談の成果を報告する、みたいなKPIが設定されており、成果ではなく行動がKPIになっているという特徴がある。(成約率〇%、売上〇円、などの成果をKPIにしていない)

果たして、このような環境下で属人性を極限まで排除された評価制度で育成された営業マンは、殺し屋業界でも営業マンとして活躍できるのだろうか。

殺し屋に求められるスキル

『殺し屋の営業術』を読む中で理解した、殺し屋に必要とされる能力は以下と考察する。

①営業相手の真の要望を引き出すトーク力

②営業相手が納得できる提案をする論理的思考力

③法もクソもない裏社会で生き抜く度胸

①と②は営業マンとして必須能力であろうし、さすがのキーエンス社員の皆様も身につけているであろう。相手の真のニーズを引き出し、それらに対して的確に提案ができなければ契約を成立させられない。

だが、この営業術が通用するのはあくまで営業先が明らかであり、営業することに何ら問題がない場合に限る。

殺し屋の営業では、むやみに電話や商談なんてできない。

突然「あなた殺したい人とかいる?」なんて聞いたら逆に通報される

ニーズを聞く中で「じゃあ殺しちゃいましょうよ」なんて言ったら尿検査不可避(byエバース町田)

この時点でもうキーエンスの方たちと殺し屋業界で土俵が全く違うとわかるが、もしこの問題が解決されたとする。

次に問題になるのは③だ。表社会のぬくぬくした環境で育てられても、度胸だけはどうしても身につけることができないのではないか。

キーエンス社員に人を殺せるか、人を殺すという提案ができるのか、手段を選ばずに競合を出し抜くという選択がとれるのか。

さすがに日本のトップ企業の営業マンに倫理観が備わっていない人間などいないだろう。

倫理的にどうこう考えている時点で殺し屋ビジネスに関わることなど到底不可能だ。

裏社会の人間の辞書に倫理という文字はない(1813,ナポ〇オン)(大嘘)

だが、もしかしたらキーエンスにも倫理観が欠如している営業マンがいるかもしれない。

そういった方は殺し屋の営業マンとしても活躍できるわけだが、どうか殺し屋の営業マンになることは控えていただきたい。

もうこれ以上日本人口を減らさないでくれ。

そう、強く願う。

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