
これまでそこそこな数のミステリー小説を読んできた。どの本も二つとして同じトリックはないが、抽象化すれば似通ってしまうトリックが多いと思う。
本文中でも少し触れられているが、The ミステリーというような犯人のアリバイを崩していくタイプのものから、警察組織を描くもの、社会的なものまで、ミステリーが取り扱うテーマは広がってきた。
その中でも、犯人に工夫を加えるタイプのトリックはもう出尽くしたんじゃないか。
捜査していた警察官が犯人だとか、過去の自分が犯人だとか、犯人が死んでいるだとか。
でも、ひとつだけ実現できないとされていたトリックがある。
そう、「読者が犯人」となるトリックだ。
これから紹介する本は見事に読者が犯人となるトリックを実現している。
そして、この本を読み終えたとき、あなたは殺人犯となる。
小説『最後のトリック』を読む前の話

帯にはこう書かれている。
"読者が全員犯人"
こんなの見て、そんなの不可能じゃない?という感情になるのが普通だと思う。
もしくは、そんなことができるのか、そのトリック暴いて見せよう、みたいな挑戦的な態度になると思う。
自分も絶対にトリックを暴いてみせる、そう意気込んで1ページ目をめくった。
まぁ、案の定、トリックなんて暴くことはできなかったんだが。
小説『最後のトリック』 あらすじ(ネタバレ無し)
“読者が犯人となるトリック”との出会い

主人公はしがない小説家である。
その小説家のもとに、手紙が届く。
その手紙にはこんな内容が書かれていた。(超サマリ)
私は今まで誰も実現したことのないトリックを思いつきました。
それは、読者が犯人になるトリックです。
ただ、文才もなく、知名度もないので、あなたにこのトリックを授けたいと思います。
でも、急ぎ金が必要なので、3億円と引き換えにトリックを教えたいと思います。
もちろん詐欺の可能性もあるし、そもそもそんな大金を用意できるわけがない。
ネタに困っているとはいえ、さすがに無視することにした。
さらに送られてくる手紙
無視したものの、さらに送られてくる手紙。
手紙には、1通目と同じく取引に関する内容が書かれている。
だが、取引とは別に、小説のような物語が同封されている。
文才がないと自負する割にはしっかりと面白い文章を書いている。
そんな手紙が2通、3通と送られてくる。
ネタに困る小説家は送られてくる手紙に心揺さぶられることもあったが、大金を払えるわけもなく、さすがに無視を続けた。
超能力の研究

時を同じくして、小説家は超能力の研究の第一人者である古瀬のもとを訪れる。
いわゆるスプーン曲げやテレパシーなどの超能力を研究しており、実際に超能力を持つ人間もいると言う。
どうもにわかに信じがたいが、双子の姉妹に実験をすると、有意な実験結果が得られた。
実際に超能力が使える人はいそうだった。
その後、自分たちはテレパシーができるとほのめかす児童養護施設の問題児2人組も、実験をした。だが、問題児2人組への実験結果はそこまで有意な結果が得られず、失敗に終わる。
警察の介入
その後も手紙は届く。
そんな中、警察が送り主である香坂のことを捜査しており、作家である小説家のもとにも捜査の手が及ぶ。
とはいえ、小説家は手紙を受け取っているだけであり、何かしら返答をしているわけでもない。
こちらから提供できる情報は不可解な手紙程度ではあるが、作家の性だろうか、手紙の情報と引き換えに警察の持っている情報を聞き出すことにした。
明かされる事実とさらに転じるストーリー

警察からは明かされる香坂の情報は衝撃的なものであった。
その情報から、ストーリーは一気に転じていく。
一向に人が死ぬ気配のない物語で、読者によって人が殺される。
そのトリックをあなたは見破ることができるか。
小説『最後のトリック』 レビュー
“読者が犯人”を見事に実現

読者が犯人になるようにトリックが組まれている。さすがとしか言いようがない。
正直に言えば、不可能だと思っていた。
今でも信じられない。
だが、少しネタバレになる可能性もあるが、メタ的に言えば読者が犯人とは言い切れないともいえる。
“読者”の定義が帯と自分でずれていたのもあってか、少し腑に落ちない部分もあったかと思う。
そして、トリック自体も少しずるいというか、現実味があるとは言えないので、違和感なく受け入れられるわけでもなかった。
とはいえ、”読者が犯人”であることに変わりはない。
こんなトリックを思いつくのはあと人生5回経験しても無理だと思う。
伏線回収の妙
ミステリー小説であるため、読み進めながら自分なりに仮説を立てるわけだが、どの仮説もきれいに覆され、もう無理じゃない?と思ったあたりで徐々にタネが明かされていく。
しかも、一気にタネが明かされるのではなく、徐々にタネが明かされるのがたまらない。
この”徐々に”には2つの意味が含まれる。
1つは、張り巡らされた伏線がひとつずつ回収されるという意味。
そしてもう1つは、一つの伏線の回収を丁寧に、一気にではなく読者に気づかせるようにタネを明かしているという意味だ。
起承転結の中でも結の部分で、もう終わりかとさみしい思いになるが、最後まで飽きさせることなく読ませてくれる。
小説『最後のトリック』 感想
大変満足度の高いミステリーであった。
何一つ無駄がなく、すべてが伏線であり、すべてがこの不可能のトリックを実現するタネになっていた。
今思えば、このエピソードが書かれている理由を深堀れば、”読者が犯人”というトリックを見破れたのかもしれない、なんてことを思うが、それは優れたミステリーを読んでいれば起きる感情だ。
死ぬまでにこの唯一無二のミステリーを読むことができて良かったと思う。
個人的に思うこととしては、この作品は映像化は向かないので、できるだけ書籍を買って皆さんに楽しんでもらいたい。
理由は、ネタバレにならない程度に言うならば、手紙であったりやりとりの時系列もこのトリックを支える要素になりうるからだ。
特に、時系列からもたらされる情報格差を映像で表現しようとすると、後出しじゃんけんのような狡さが目立ってしまう。
だから、できるだけ書籍で読むことをお勧めしたい。
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