
この記事を読んでいるあなたは、少なからず小説というコンテンツが好きな人なんだと思う。単純にストーリーを楽しむ人もいれば、「この装丁がしゃれてるんだよね」なんて通ぶってしまう人もいるだろう。中にはレビューなんて偉そうなことを言って小銭稼ぎを企むやつもいると思う。
でも、根本にあるのは「本が好きだ」というシンプルで最強の感情だと思う。
今日のレビューでは、この「本が好きだ」という感情を改めて実感させてくれた本を紹介します。
小説『小説』の装丁
レビューとか言いつつ、まず最初に装丁の話をするのはどうかと思うが、どうしても紹介したいので許せ(強制)。
そんな強い気持ちで語り始めるわけだが、本屋に行って、こんなにもスタイリッシュな表紙の本があったら手に取らないわけにはいかない。(机が汚いのはご愛嬌)

黒を基調とした表紙に、銀色で”小説”というタイトルが書かれている。
しかも、光の反射によっては青にも赤にも緑にも姿を変える”小説”という文字。
正直に言えば、衝撃的なタイトルだとか、帯に気になりすぎたというわけではない。
いや、惹かれてないわけではないけど、買う決め手は間違いなくこの装丁であり、むしろ少し卑しさのある動機でこの本を手に取った。
というのも、この1冊が積読の一番上に乗っていたら少し読書モチベも高まるかな、だとか、本棚に並んでいるとおしゃれかな、だとか。
本当にしょうもないんだけど、そのしょうもない感情を理解していながらも買ってしまう装丁だったのだ。
いやまぁさすがに誇張しすぎたわけだけど、今まであまり装丁に惹かれたことがないので少し熱く語ってしまいました。
じゃあ内容はどうだったかというと、「本を読みたい。そして、本を書きたい。でも、書く才能はない。そんな自分を優しく包み込んでくれる作品」だった。
ネタバレのないあらすじを紹介する。
小説『小説』のあらすじ(ネタバレ無し)
主人公の内海と外崎
主人公の内海は医者の息子としてこの世に生れ落ちる。
父親は苦労して医者になり、医者としてかなりの成功を収めた人物であり、その性格もあってか、子どもである内海にも優秀であることを強く求めていた。
その要求を子どもながらに感じ取っていた内海は、要求にこたえようと試行錯誤する中で、「難しい本を読めば厳格な父親が喜ぶ」ということに気づき、以来、年にしては難しい本を読み漁った。
そうしてひたすらに”本の世界”にのめり込んだ内海であったが、小学生の時に外崎と出会う。
外崎は人として抜けており、いわゆる無能といえる人間だった。
だが、外崎も内海と同じく”本の世界”に没頭していた。
髭先生との出会い

そうして二人でひたすらに本を読む毎日を繰り返し、中学に進学したある日、地域の七不思議のひとつでもあった学校の隣の屋敷に忍び込む。
そこにいたのは、髭がもじゃもじゃの老人であり、内海と外崎は彼を髭先生と呼ぶことにした。
髭先生の屋敷は内海と外崎にとっては天国ともいえる場所だ。というのも、人生をかけてでも読み切れないほどの書物がそこにはあったからだ。
それからは、髭先生の屋敷に通い詰めてひたすら本を読むことにした。
その後、髭先生は作家であることが判明する。だが、わからないことが1つだけある。
それは、髭先生の”ペンネーム”だ。
本人に聞いても明かしてくれない、取引のある税理士や交流のある学校の先生に聞いてもヒントすら得られない。
そんな中、髭先生は本を書くための取材として外崎を連れて外出してしまう。
帰ってきた髭先生と外崎だが、髭先生は外崎が全く使いものにならなかったと愚痴をこぼす。
だが、外崎にとってはこの体験が転機の始まりとなる。
読む内海、書く外崎
ふたりは高校生になる。
成績が振るわず、卒業どころか進級すら怪しかった外崎に対し、担任は小論文コンテストに入賞することを条件に進級を認めるという取引を提案する。
もはや進級の道は小論文を書くことしかなくなった外崎は、内海とともにコンテストに応募すると決める。
本を読む以外には何もできない外崎なので内海が尻叩きをするのだが、内海は書きあげられた外崎の小論文を読み、外崎の文才に確信を持つ。
外崎は書くべきだ。
一緒にコンテストに応募した内海は予想通り落選したものの、外崎の小論文は見事入賞した。
以来、外崎は書くこと決める。
作家”外崎”

内海は大学を卒業するも、大した職に就くことなく本を読む。一方で、外崎は内海と同じく大した職に就くことなく、小説を書いている。未だ出版社から声がかかったことはなく、ひもじい毎日を過ごしていた。
そんな外崎の尻叩きをする内海であったが、内海は外崎の才能を信じていた。
今まで応募してきたコンテストは、外崎の書くジャンルと相性が悪かっただけであり、公募で外崎の得意とする小説を書く、評価してもらえれば必ず入賞すると信じていた。
そして、外崎は書き、書き上げた作品は入賞した。
入賞し、パーティーにも参列していたが、外崎は内海に聞いてしまう。
「内海は書こうと思わないの?」
内海が一番よくわかっているのだ。書くことができる才能のあるやつ。そして、書くことができない才能のない自分。
外崎に対して、読むだけでいい、読むしかできない、と突き放すように言ってしまう。
その後、出版の打ち合わせがあるにもかかわらず、外崎は疾走する。
外崎を探す。どこにいるのか、何をしているのか、無事なのか、生きていれば良い。
“才能のある外崎はもっと小説を書くべきだ”
突き放すような言葉を放ってしまったことに罪悪感がある内海は外崎を探しに行く。
探す中で明かされる真実とは。そして、内海はゆるされるのか。
小説『小説』のレビュー
装丁については既に冒頭で語りつくした自負があるので割愛する。
読者と作者、内海と外崎

この『小説』という作品の最たる魅力は、読み手と書き手の二項対立の構造である。
さらに言えば、この二項対立の構造が、読者にそのまま移入されうるということだ。
本を読むことが好きな人なら誰しも(だと思っている)が、一度は”書きたい”という欲望を抱いたことがあるだろう。
かくいう自分も書きたい欲がある。
できるなら文才をもって生まれたかったし、文才を生かして小説なるものを書きたいと考えたことが何度もある。
そんな才能はなかったので、せめて書く人の背中を押したいという思いでこのブログで小説を紹介し始めたのだが。
そんな隙自語はさておき、読み手と書き手の二項対立がそのまま読者に当てはまるこの作品に恐ろしさがあるのだ。
しかも、その対立構造が非常にわかりやすく、そのうえで人にぶっ刺さるように書かれているのは作家の妙だろう。
主人公の内海と外崎という、”内”と”外”という対になる名前を使っていることがその象徴だ。
しかも、単に対になる言葉ではなく、「”内”と”外”」に意味がある。
小説と内と外
この小説のテーマでもある、「君はなぜ、小説を読むのか?」という問い。
ネタバレになるから多くは語らないが、この”内”と”外”が肝になる。
内側と内海、外側と外崎。そして、小説。
テーマに合わせて細かいところ、名前や文字に意味を宿すあたりが作家だなと思うし、野崎まどさんは外崎側の人間なんだろうなと思う。
若干詰め込み気味なラスト
個人的には、クライマックスは少し詰め込みすぎだったんじゃないかと思う。
起承転結で言えば、ちゃんと転がるし、ちゃんと着地はするんだけど、転がる坂が急すぎてスピードが出すぎていて、ちゃんと着地点につくんだろうかと不安になってしまった。
まぁ繰り返すけどちゃんと着地はするし、伏線もちゃんと回収される。
気にならないといえば気にならないという程度だが、細かいことを気にしてしまうタイプには雑に感じてしまうかもしれない。
それにしてもSPECの最後は本当にひどかった。あれを超えるなんでもありなクライマックスはないと思う。
SPECのドラマはよかったんだけどな・・・。
小説『小説』の感想
小説は別の人生を歩ませてくれる

帯にはこう書かれている。
「君はなぜ、小説を読むのか?」
自分は中学生あたりから本を読む意味・意義について考えているわけだが、今回改めて出した結論は、「小説は別の人生を歩ませてくれる」ということだ。
実際に犯罪を犯さなくても、殺人犯の気持ちになれる。
実際に情熱的な恋愛をしてこなくても、ドラマチックな恋愛ができる。
実際に病気にならなくても、病気になった人やその周りの人として生きていくことができる。
それが小説だ。
そんな小説を書きあげる人が小説家だ。
当たり前だと思うか?
字面だけ見れば当たり前すぎるが、これがどれほどすごいことか。
虚構を作り上げる。嘘を作り上げる。あたかも実際に存在しているかのように。
しかも、SFみたいな超次元的なストーリーまでも、あたかも存在しているかのように表現する。
それが小説家なのだ。
たかだか文字だけで、文字だけなのに、そこには人生が広がっている。
よく、誰しも自分の人生をテーマにすれば1冊は本を書けるというが、この世界に生きている人間が自叙伝を書いたとしても、70億ほどのストーリーにしかならない。
でも、小説を読むことで100億、200億、いや、無限に人生を歩むことができる。
そして、つまらない人生なら途中で歩みを止めても良いのが小説の良さでもある。
こんなにコスパよく、短い時間で、一生を歩み切ることができる小説をなぜ読まないのか。
「あぁ、やっぱり小説が好きなんだな。」
そう思わせてくれる作品だった。
本に溺れるあなたも読んでみてはいかがでしょうか。
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