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【芥川賞候補 小説『##NAME##』(児玉雨子)】私の過去は希望に満ちた闇

夢小説って知っていますか?

夢小説とは、漫画やアニメなどの既存のコンテンツの二次創作の一種であり、読者自身やオリジナルキャラクターをストーリーに登場させて愉しむ小説である。

特に、自身の名前を夢小説の主人公に設定できることが多く、読者が世界観に没入しているような体験ができるという特徴がある。

では、ジュニアアイドルも知っていますか?

ジュニアアイドルとは、広義的な意味でいえば未成年の芸能活動をしている人を指す。

だが、ジュニアアイドルの狭義的な意味かつ今回紹介する本のテーマで言えば~中学生程度で写真集やイメージビデオを出すような子を指す

ジュニアグラビアともいわれることがあり、性的搾取の対象として扱われることも多い

今回紹介する小説は、ジュニアアイドルの主人公が夢小説にのめりこみ希望と絶望の中で葛藤した過去、そして大人になってからジュニアアイドルとして生きた過去の絶望と希望を振り返り、これからを踏み出すまでを描いた小説である

一言で形容できるほど単純なストーリーではないが、だからこその芥川賞候補作なのだと思うので、是非手に取って読んでほしい。

小説『##NAME##』あらすじ(ネタバレ無し)

ジュニアアイドルの主人公

主人公の雪那(せつな)は小学生にして、ジュニアアイドルとして活動している。

そして、同じジュニアアイドルである美砂乃(みさの)とはよく話す仲である。

そんな美砂乃からは、漢字をもじって"ゆき"と呼ばれるようになる。

一方で、美砂乃からは"みさ"と呼んでほしいといわれるものの、なかなか呼べずにいる。

"ゆき"というニックネームで呼ばれながら、"みさ"と呼べないままの関係で二人は成長していくが、、、

大人になった主人公

雪那は大学生になった。

とっくにジュニアアイドルは卒業していたが、ジュニアアイドル時代のもろもろが彼女を形成していたことは明らかだった。

ジュニアアイドルの活動そのものも該当するし、ジュニアアイドル時代に心のよりどころとしていた夢小説も当てはまる。

平穏に暮らしていた彼女であったが、過去が足枷となり、過去が希望にもなり、今とこれからを生きていくことになる。

過去に感じていた感情、そして今振り返って理解する事象が今を生きる彼女の感情を揺さぶり、彼女の感情の揺さぶりに読者もの感情もゆっくりと揺さぶられていく

小説『##NAME##』レビュー

名前と主人公の世界

タイトルにもある通り、テーマの一つが"名前"である

自分の名前、同じジュニアアイドルの子から呼ばれる名前、夢小説で主人公として入力する名前など、主人公にまつわる様々な"名前"が出てくる

そして、どの名前も異なり、それぞれの名前が主人公に別々の感情をもたらしている

水曜日のダウンタウンの名探偵津田でいえば、1の世界があったり、2の世界があったりする。

この作品では2つにとどまらず、それぞれの名前の数だけ世界があるのだ。

パラレルワールドがあるSFチックな話ではなく、いろいろな思いをもって生きているという意味での複数の世界があり、それぞれの名前(=世界)で主人公の人生と感情が表現されている

無駄そうで無駄のない秀逸な文章

基本的には主人公の目線で小説は語られる。

その中で、大人になった主人公が語られることもあれば、子供時代の主人公が語られることもある。

この2つの世代を行ったり来たりする中で、主人公が周囲に感じる感情が絶妙な塩梅で書き分けられている

まぁ小説なんだし、心情変化を描くのは当たり前だろう。

だが、芥川賞候補になるくらいで純文学として一人の人間が描かれている作品としては、この絶妙な含みのある表現が秀逸なのではないかと思う。

この表現が実はこの描写と結びついて、こんな感情を掻き立てているのだろうか。(語彙力)

みたいな、こうもとらえられるし、こう読み取ることもできる、あの時の表現はここに関わってくるんだ、という無駄そうに見えてつながりのある文章であったように思う。

これに関しては今の自分の語彙力ではどうも説明ができない。

伏線とは違うが、独立した文章(表現)同士につながりが見える感覚があり、その一文に文章通りの意味とは異なる意味が隠されている(=行間のある)文章が盛りだくさんなのだ。

小説『##NAME##』感想(ちょっとネタバレあり)

夢小説は何を意味するのか

冒頭にも説明した夢小説。

主人公はこの夢小説を現実逃避の道具として使っていたのだろう。

ジュニアアイドルとして、中学生としてうまくいかない日々を少しでも楽しいものにしようと、夢小説に時間を割いていた。

だが、大人になってから夢小説が持つ意味合いが逆転する

自分を救ったものが、今は自分を苦しめるものとなっていた

こんな皮肉のような、ストーリーがあるのかとぞっとしたが、それもまた小説。

時間の流れとともに主人公の感情、そしてその周りの人やモノが持つ意味が移り変わっていく様に気づいたときは驚き以外の感情を失った。

ジュニアアイドル時代の友人

ジュニアアイドルは世間的な闇であった。

当時はその闇に気づかぬまま必死に生きていく。

その中で、ジュニアアイドルとして自分よりはうまくいっている友人と比べてしまう。

少し変わっているように見えた友人に、自分のつらさなんてわかるはずがないと寄り添えなかった。

だが、大人になってその友人の偉大さやありがたみに気づくのであった

夢小説は小さいころに希望だったが、今となっては絶望である。

でも、ジュニアアイドルの友人は小さいころは絶望だったが、振り返ってみれば希望だったのだ。

皮肉のような出来事がから読み取れるつらい人間の変化があり、それでもつらい過去と今を生き抜くために踏みだす。

この一連の主人公の変化には、最後まで"名前"が絡んでくる

どこまでも名前がテーマの作品であり、読み終わってから表紙を眺めることでまた作品に深みを見出せる傑作だった。

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