
今までそれなりの量のミステリー小説を読んできた。
王道と呼ばれるミステリーから、特徴のあるミステリーまで、幅広く読んできた自負がある。
だが、これから紹介する本は今まで読んできたミステリーとは一味違う。
そう、冒頭で"殺したはずの夫が目の前に現れる"のだ。
今日は、桜井美奈著の『殺した夫が帰ってきました』を紹介する。
個人的キャッチー過ぎるタイトル大賞を受賞したという噂の小説『殺した夫が帰ってきました』

実はこの本を買った記憶がない。
覚えてないけど実家で宝探しをしていたら、この本を見つけてしまった。
そして、このキャッチー過ぎるタイトルに惹かれてしまい、気づけばページをめくっていた。
タイトルで勝負ありという1冊だと思う。
『殺した夫が帰ってきました』というタイトルを見ただけで、読む前なのに想像が膨らみすぎてしまう。
「実は殺せていなかったのではないか、幽霊なんじゃないか、夢の中で殺したのか、殺した人は夫ではなく別人だったのではないか、復活するようなSF系の話なのだろうか」
まぁ素人が思いつくトリックはだいたいハズレますが、こうやって仮説を立てながら読むのもミステリー小説の醍醐味ですよね。
そんな醍醐味を最大限に味わうことができる一冊です。
ちなみに、一応補足しておくが、「キャッチー過ぎるタイトル大賞」なんて賞は存在するはずがない。
でも、あえてそんな賞を授けたい。
小説『殺した夫が帰ってきました』あらすじ(ネタバレ無し)
目の前に現れたのは・・・。
アパレルメーカーに勤務する鈴倉茉菜。
いつも通り会社に行き、仕事をこなし、家に帰る。
そんな平穏な日常を過ごす彼女であったが、一つだけ悩みがあった。
それは、取引先の男に言い寄られ、ストーカーされていたのだ。
ストーカー行為はエスカレートしていき、ある日彼女の家の前で待ち伏せされており、家に入ってこようとするその男。
その絶望的な状況の中、彼女の前に一人の男が現れる。
目の前に現れたのは、殺したはずの夫だった。
殺したはずの夫

絶体絶命の状況で、彼女の目の前に現れたのは、鈴倉茉菜の夫"和希"と名乗る男だった。
何を隠そう、彼女は5年前に、和希を崖から突き落とし殺したはずなのだ。
殺した夫は頭の片隅にある程度で、ほとんど忘れていた。
だからこそ、今頃になってなぜ目の前に現れたのか。
ストーカーに言い寄られる絶体絶命の状況から、殺したはずの夫が目の前に現れるという、別の絶体絶命の状況に移る。
殺したはずの夫と暮らす日々、そして真実
「殺したはずの夫がなぜ目の前にいるのか?」
そんなモヤモヤを抱えながらも、"夫"であるから、家に入れない理由がない。
まして、"私が殺した"のだから、断るなんてできない。
その日から、夫と"また"暮らし始めることになるのだが、男は彼女に恨みを感じていないのか、なぜか平和な暮らしが続いていく。
殺したはずの夫と暮らしていくことで、新たな真実がわかるはず。
その予感は少しづつ的中していく。
夫と暮らす中で明らかになる真実。
目の前にいる男は誰なのか、過去の私は何をしたのか、未来の私は誰なのか。
主人公、鈴倉茉菜の辿る結末はいかに。
小説『殺した夫が帰ってきました』レビュー
起承転転、そして転

正直、最初から"転"だったと思う。
最初というか、タイトルから転じていた気はしている。
この手の本は、(イメージではあるが)起承転結の中でも"結"にタイトルの伏線が回収されると思っている。
だから、結末あたりで殺した夫が、比喩表現か何かで帰ってくるのかな、なんてことを想像していた。
だが、蓋を開けてみれば、殺した夫は冒頭の20ページまでに帰ってきたのだ。
正直に言えば、「もうクライマックスが来たのか」なんて思った。
でも、そんな素人みたいな(、いや素人なんだけど)感想を抱いてしまった自分をぶん殴りたい。
クライマックスは何度も訪れる。
新たな真実が明かされるたびにクライマックスになる。
でも、また新しい真実が明かされ、一山超えてくる。
そんな感情の起伏を繰り返しているうちに、すべての真実が明かされる、そんなミステリー小説だった。
小説『殺した夫が帰ってきました』感想
愛と罪の物語、だったのか?

帯にこんなことが書かれている。
恐ろしくも切ない愛と罪の物語――
確かにこの小説のテーマとしては、愛も罪も描かれている。
もちろん、自分に当てはめて考える部分もある(人を殺すところは当てはまるわけはないですが)
描かれる愛や罪に対して自分なら何を思うか、この帯があることによって自分の中の哲学と比べて考えてしまう。
だが、正直に言えば帯に入れるほどのテーマではないのではないかなあ、なんて思ってしまう。
というのも、自分自身、読んでいる最中は愛とか罪に関して読みながら考えることはなかったからだ。
こんなにもキャッチーなタイトルをつけているんだから、シンプルに「目の前に現れた夫は誰なんだ?」という問いに集中させて読ませても良かったんじゃないかなと思う。
シンプルなのに強烈な問いがあるのだから、この世界観で一本勝負するべきだったんじゃないか。(なんて思いつつ、愛だとか罪だとかを考えている自分もいた)
"名探偵オレ"は感情移入しながら客観的に考える

終始、目の前にいる夫は誰なんだろうか、というモヤモヤを抱えて読むことになる。
読む前から名探偵になり切っている。
タイトルと裏表紙のあらすじしか情報がない中で、"名探偵オレ"がそれっぽい推理を繰り広げる。
そして、情報が追加されるたびに推理が外れる悔しさを噛み締め、それでもめげずに次の仮説を立てるも、結局は辻褄が合わず仮説が崩れる。
個人的な読み方の問題もあるけど、名(迷)探偵になった気分で読める小説だと思う。
また、ところどころ主人公の過去についても触れており、人の人生が気になるという感情を掻き立てる
これもまた、この本を読む手が止まらない要素だと思う。
ミステリーのくせに、人の醜さとか、腹黒い一面が出てこないミステリー小説。
その上で、少しだけ考えさせられる部分もあったかなと思う。
苦労した人生だからこそ、新たな自分を生きていきたいという思いが見えるし、主人公の決断にも納得がいく。
ミステリーだからこそ名探偵になった気分で読み進められる。
ミステリーなのになぜか感情移入してしまう。
不思議でありながらもミステリーの醍醐味であるひっくり返される間隔を十二分に楽しめる1冊だと思う。
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